はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 61 [迷子のヒナ]

ヒナは決してめそめそしなかった。

それがヒナの性質であり、大きな悲しみを体験したがゆえの強さでもあった。

ヒナはいつも通り朝食を済ませると、キッチンでのんびりくつろぐシモンの元へ向かった。

ヒナの知るところによれば、シモンは百戦錬磨らしい。

百戦錬磨の意味はよく分からないけど、とにかくすごく物知りで、何でもできるって事みたい。だってシモンがそう言ってたから、間違いない。

キッチンを覗くと、シモンは新聞を読んでいた。物知りのシモンは日々情報収集を欠かさないのだ。

「おはよう、シモン。レモンのふわふわの美味しかった」

今日のヒナは白いブラウスに、茶色のツイードのハーフパンツという、少しおとなしめの恰好だ。クラヴァットはいつも通り純白でピンはゴールド。茶色の髪は梳かしたはずなのに、すでにもじゃもじゃと絡みつつある。

「おはよう、ヒナ。おや、今朝は髪が凄いね。あれはムース・オ・シトロンっていうんだよ。ヒナの好きなおまけ付きさ。ナッツの歯ごたえがよかっただろう?」シモンは褒められて上機嫌だ。

「うん。おまけ、好き」

「ああ、よかった。それを言うためにわざわざここへ来たのかい?よかったら、いっしょにお茶をどうかな?」
シモンは立ち上がって、ヒナにいつもの場所をゆずると、返事を待たずしてお茶を淹れはじめた。

「うん。飲む」

木製のスツールに腰掛けたヒナは、足をぷらぷらとさせながら、シモンがお茶を淹れるのを見守った。

たまには自分でやってみようか?僕もお茶くらい淹れられる。急須におちゃっぱを入れて、少し冷ましたお湯を入れるんだ。

あれ?ちょっと違うかな?シモンはいつも熱々のお湯を入れてる。だからすぐには飲めないのだ。

「さあて、ヒナ。デザートは何がいいかな?ストロベリージャムのクッキーか、それとも――」シモンは棚をごそごそと引っ掻き回し、長い棒のようなものを探り当てた。「これはどうかな?」

「それなにっ!」ヒナは調理台に手をつき身を乗り出した。初めて見る、木の枝みたいなお菓子に、興奮が最高潮に膨れ上がった。

「グリッシーニ。パンだよ」ふふんっと得意げに棒を振り回すシモン。

「パン?グリッチニ?」

「グリッシーニだよ。これでカスタードクリームをすくって食べるっていうのはどうだい?」

クリームをすくう?

「いいっ!そうする!!グリッチニちょうだいっ!」

ヒナは手を伸ばし、シモンから棒を二本受け取った。器用に指の間に挟んで、カスタードをたーっぷりすくって、口へ運ぶ。

「セ・ボン、シモンっ!シモンって箸も作れるんだね。すごぉい」

「ハシ?ああ、東洋のあれだね。ナイフとフォークみたいな」

なんだかわからないが、ヒナは頷き、夢中でカスタードをすくっては食べ、グリッシーニをちょっとかじってはすくいを繰り返した。

「シモン、見て。短くなっちゃった」

ヒナは短くなったグリッシーニを両手に持って、同時に口へ持っていった。前歯でポリポリとかじり、きゃっきゃと笑い、新しい二本をシモンから受け取ると、同じ作業を繰り返した。

シモンはその行動をただただ満足そうに眺め、いやに上機嫌のヒナが今日はとんでもない事を口にしないようにと祈っていた。

だがシモンの期待はあっさりと裏切られてしまうのだった。

つづく


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迷子のヒナ 62 [迷子のヒナ]

グリッシーニでの器用な遊びに満足したヒナは、いつものように程よく冷めた紅茶をずずっと啜り、斜め向かいでくつろぐシモンに不穏な視線を向けた。

カップ越しのそれは、とても愛らしいものなのだが、その口から飛び出す言葉はいつものようにやや過激なものだった。

「ねえ、シモン」

そう言われて、嫌な予感がした。

「なにかな?」と尋ねる笑みが引き攣る。

「僕がいなくなったら寂しい?」

シモンは目を剥いた。
なんてことだ!そんなことが起こるはずがない。ヒナがいなくなるだなんて。

「もちろんだとも。寂しいに決まっている。どうかわたしを悲しませないためにも、ヒナはずっとここにいて、わたしの傑作を味わってくれなければいけないんだよ」

「シモンは、ヒナの事好き?」
ヒナはテーブルに肘をついて身を乗り出し、ちょこんと小首を傾げた。

「もちろんだとも!前にもそう言わなかったかな?いや、いつも言っているはずだけどな?」むしろ言わされていると言うべきか。

「ヒナもシモン好き。ジュスはヒナの事好き?好きだよね?ずっとここに置いてくれるよね?」

いったいどうしたというんだ?昨日は確か……幸せいっぱいで、たくさんキスしてもらって、乳首もかじったと言っていなかったか?それが一夜明けただけで、どうしてヒナは追い出されると思っているんだ?

「ヒナ、あるじはヒナの事をとても好きだから、何も心配しなくてもいいんだよ」

「でも、ヒナは一番になりたい。ジュスをヒナだけのモノにしたい」

おお、なんてことだ。
シモンは頭を抱えた。ヒナはあるじを誘惑しようとしているのだ。そうに違いない。キスして乳首をかじれば、大抵の男は手に堕ちたも同然だというのに、さらにその先をこの子は望んでいるのだ。

まさか!その手ほどきをわたしに指南しろと言っているのか?いやいや。そんなはずはない。わたしほどの女好きはこの屋敷には存在しないというのに、男を口説く術を教えろというはずはない。

「例えばどういうふうにかな?」念のために尋ねる。

「んー、寝てる間にいなくなったりしない、とか……」

ああ、そういうことか。
シモンは不埒な事を想像した自分を少しだけ恥ずかしく思った。ヒナの真似をしてテーブルに肘をつき、ヒナの不安ももっともだと、その原因ともいえるあるじの行動を思い起こした。

昨日の朝シモンはあるじとその従者の為に簡単な弁当をこしらえた。

去年まではそんなことしなかった。もちろん朝食前に出掛けなかったからだ。

なぜ今年に限って、使用人が起きるよりも早く屋敷を飛び出して行く必要があったのか……。もちろんヒナのせいだ。

この愛らしい坊やが、あるじの乳首をかじったりしたからだ。

もはや自分を抑えておけなくなったあるじは、急遽予定を早めて、ヒナから逃げ出したのだ。だがなぜ逃げ出す必要が?この子とあるじは相思相愛の仲だというのに。

ヒナを見ると、クッキーを紅茶に浸しているところだった。いつのまに次のデザートへ手を伸ばしていたのか、まったく油断も隙もない食いしん坊だ。その勢いであるじを食べてしまえばいいのだ!!

「ヒナ、こうなったらあるじの寝込みを襲うしかない」と言ったものの、ヒナはすでにそれを実践している。そしてどちらかといえば失敗している。となると、わたしの秘儀を伝授するしかないだろう!

「寝込み?」と首をかしげるヒナに、シモンは拳を握って宣言した。

「あるじが戻るまで特訓だ!!」

つづく


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迷子のヒナ 63 [迷子のヒナ]

その頃ジェームズは、自分の書斎でホームズからの報告を受けていた。

「コヒナタソウスケについては、かなり謎が多いですね。というのも、レディ・アンと出会った年の僅か数ヶ月しかこの国にはいなかったようです。おそらく彼女と恋に落ち、あっという間にこの国を離れたのだと思われます」
ホームズは淡々と言った。

「結局、詳しい事は分からずじまいか?」
そう尋ねたが、ホームズに限ってそんなはずはないと確信していた。一日にも満たない時間では調べられる情報量は微々たるものだろうが、それでも、つい、期待してしまう。

「そう聞こえましたか?」ホームズは芝居がかった口調で片眉を上げた。

「いいや。いいから早く続きを聞かせてくれないか?」ジェームズも調子を合わせる。

「当時、二人を手助けした人物がいます。ニコラ・バベッジ」  

「ニコラ・バベッジ?というと――まさかッ!」
思い掛けない人物の名前に、ジェームズは驚きを隠せなかった。もはや落ち着いて座っている場合ではない。

「そうです。現在はウェントワース侯爵夫人ニコラ・バーンズ、未来のランドル公爵夫人といえば――」

持って回った様な言い方をするホームズは、どこか楽しんでいるのか、それとも厄介な事態にお手上げ状態なのか。

「ジャスティンの義理の姉――まったく。これは面倒だな」ジェームズは立ち上がると、そわそわと部屋をうろつき始めた。

面倒なのはニコラが義理の姉だからではない。ジャスティンの兄グレゴリーの妻だからだ。

「侯爵夫人とレディ・アンはずっと手紙のやり取りをしていたようです。これは侯爵夫人付きの侍女の証言ですので、確かかと」

侍女の証言?
ホームズはどうやってそんなものを入手した?しかも、たった一晩で。
第一、彼女は現在ロンドンにはいないはずだ。

ジェームズの驚きを余所に、ホームズは無人の机に向かって報告を続ける。

「そして、かなりの高い確率で、侯爵夫人は真相をご存じだと思われます」

「真相だって?」ジェームズは思わず声を大きくした。過去に何が起こり、今現在何が起こっているのかも全くわからないのに、田舎に引きこもっている侯爵夫人が真相どころか事の成り行きを少しでも知っているとは到底思えなかった。

「ええ、そうです」ホームズは背筋を伸ばし、自信たっぷりに言った。

「何を根拠にそんな事を?」

「それを確認するために、レディ・ウェントワースに会いに行くべきです。グレゴリー様がロンドンにいる間に」

ジェームズはうんざりとした気分で額に手を置いた。
このままジャスティンとヒナとでどこか遠くへ逃げてしまえばいいのに。

そうすれば、ジャスティンはヒナを手放すこともなく、忌み嫌う兄に遭遇するリスクも犯さずに済むというものだ。

つづく


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迷子のヒナ 64 [迷子のヒナ]

そわそわと動き回っていたジェームズはぴたりと足を止め、ホームズを斜めに見やり、なかば喧嘩腰に訊いた。

「ジャスティンがそんなこと承知すると思うか?」

それに対して、ホームズは間髪入れずに答えた。

「承知も何も、そうするのが最善なのではないでしょうか?旦那様は義理のお姉様――ニコラ様と仲が悪いわけではありませんし、お坊ちゃまも連れて行けば話がスムーズに進みます。こちらが掴んだ情報とニコラ様の情報を合わせれば、ことの始まりからこれまでを順を追って把握できるかと」

確かにホームズの言う通りだ。だが大きなリスクが目の前に横たわっている。

「僕たちの訪問がグレゴリーに知られたらおしまいだぞ」

ウェントワース侯爵グレゴリー・バーンズ。
あの男は非の打ちどころのない紳士だが、弟に対してだけは違う。ジャスティンが幼い頃に兄から受けたいじめの数々は、決して恵まれた環境にいなかったジェームズでさえ、恐ろしさに身が竦んでしまう程だ。

「もちろん、堂々と訪問するわけにはいきませんが、敷地内へ入ってしまえば、使用人たちは口をつぐんだままでいるでしょう。彼らは旦那様――ジャスティン様を慕っています。あとはニコラ様ですが……これは事前にわたくしが調整しておきます」

事前に調整?
ホームズがそう言うからには、本当にそうするのだろう。となると、こっちはジャスティンを説得するしかなさそうだ。
だが、状況を把握したからといってヒナが伯爵の孫という事実は変わらない。おそらく相続問題も絡んでくるし、問題は増える一方だ。

と、書斎で小難しい会話が続く中、階下のキッチンでは――

「ねえ、シモン。こう?」と、ヒナが腰をくねくねとさせていた。

「ノン!ノン!それではあからさま過ぎる。もっとさりげなく――」シモンは突き立てた人さし指を激しく振った。

「えぇ?こう?」ヒナは自分を両手で抱き締め、お尻をぷりんと突き出した。

シモンは溜息を吐いた。
ヒナは自分の持つ武器を知ってか知らずか、下品なくらい大胆だ。女性が大好きなシモンでさえ、ついヒナを膝に抱えたくなったほどだ。
いやいや。シモンは何かを振り払うように、かぶりを振った。もちろん性的な意味合いはまったくない。親心のような感情のみだ。と自分に言い聞かせ、ヒナが蜜色の髪をふわふわ躍らせている様を、顰め面で眺めた。

こんなものに引っ掛かるのは、おそらくあるじだけだろう。あるじはヒナが何をしてもかわいくて仕方がないようだが、ヒナがやる気になっているいま、もはや逃げ道はない。

「シモーン。おなか空いた」
ヒナは踊り疲れたのか、テーブルに伏せるようにして椅子に座った。伸ばした手の先には、ひとかけらクッキーが残っていたが、一瞬で消え失せた。

「ヒナのお腹はいつ休むのかな?」

そしてわたしはいつ休めるのかな?

シモンはヒナに背を向け、食品庫へ向かった。

つづく


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迷子のヒナ 65 [迷子のヒナ]

昼食後、激しい睡魔に襲われる中、ヒナは図書室にいた。

ふわふわの寝心地のいいソファではなく、高い背に細かい細工の施された硬い椅子に座らされて。

ヒナは渋面を作って、自分はクッションのよくきいた椅子に座るジェームズを恨めしげに見やった。アダムス先生と勉強するときだって、もっとお尻に優しい椅子に座るのに、と下唇を突き出して訴えるが、ジェームズは素知らぬ顔だ。

「ところでヒナ、ウェントワースという名を耳にした事あるか?」ジェームズは前置きなしにいきなり言った。

ウェ……ウェント、ワース?

「知らない」ヒナは答えた。

「ならば、ニコラ・バーンズは?」

ニコラ?バーン、ズ?

えっ!バーンズ?

「知ってる!」ヒナは威勢よく答えた。

それを聞いたジェームズは顔色を変え、座っていた椅子から腰を浮かせた。

「知ってるんだな」念を押すジェームズ。恐ろしい顔で迫ってくる。

「知ってる。ジュスの名前だもん!」ヒナは反撃する子猫のように噛みつかんばかりに言った。

「あ……」いや、そっちではなく。とジェームズの顔が残念そうに歪む。上げた腰はおろした。

「え?」と、戸惑うヒナ。

ジェームズは嘆息した。「ニコラの方には聞き覚えは?お母さんの友達だ」

「お母さんの?ニコラ……ニコ――ニコッ!知ってる。ニコは誕生日に丸い時計をくれた人だ!」

ヒナの記憶の引き出しがひとつ開いた。
あれは一〇歳の誕生日だった。
お母さんの膝の上で、小さな包みを一緒にほどいた。何重にも紙がぐるぐる巻きにされていて、中から包みよりも更に小さな箱が出てきた。金色と赤のリボンはくしゃくしゃになっていたけど、中に入っていた時計は、ピカピカ光っていた。金色で丸くて、蓋が開くのだ。裏にはヒナの名前が彫ってあるとお母さんは言ったけど、当時のヒナには読めなかった。
 
「それをいま持っていたりはしないよな?」

いま?
ヒナは咄嗟にポケットを探った。

「持ってない」

「だよな――」そんなに都合よく……とぼやくジェームズにヒナがぽつっと言う。

「部屋にある」ジャスティンと出会った時に身につけていた物は、すべてまとめて衣装戸棚の奥にしまってあるのだ。だからそこにあるはず。「取ってくる?」

ヒナはジェームズから逃げ出したくてそう言ったが、「あとでいい」と返され、ずるずるっと椅子から滑り落ちた。

お尻が痛くて、限界。

つづく


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迷子のヒナ 66 [迷子のヒナ]

ジェームズは絨毯に転がるヒナを見おろした。この話し合いが重要な事だとは認識しているようだが、その重要さゆえ話すのを拒んでいるようにさえ見える。

とりあえず、無駄だとは思いつつも説教じみた口調で言う。

「ヒナ、話はまだ終わっていない。椅子にきちんと座りなさい」

「だって、お尻痛い……」ヒナはそう言って、ジェームズから遠く離れ、図書室の奥の寝転がるにはちょうどいいソファに膝から飛び乗った。背もたれに抱きつくようにして、痛むお尻をこちらに向けた。

相手がヒナでなければ、バカにされていると思っただろう。
ジェームズはヒナの突飛な行動などお構いなしに、同じソファに腰掛け尋ねた。

「ニコは、ヒナが日本から来ることを知っていたのか?」

ヒナは横目でこちらを見て、うーんと唸った。

「わからないか?」返事を急かすつもりはなかったので、出来るだけ穏やかに尋ねた。

「知らなかったと思う。お母さんはずっと行きたくないって言ってたから」

ヒナにしてはまともな答えが返ってきた。

「お母さんはここへ戻りたくなかったんだな?だからお父さんと喧嘩になった。昨日言っていたのはそう言う事か?」

「……うん」

ヒナが言うには、レディ・アンはここへ戻って来たくなかったらしい。十五年が経った今でも、父親が許してくれない事を分かっていたからだ。それでもここまで来たのは、ソウスケがヒナの願いを叶えてやりたかったから。

当時は許してもらえなかった結婚も、かわいい孫を一目見れば、関係は改善するとソウスケは考えたのだろう。

その気持ちは分からないでもないが、正直、あまりに浅はかだ。
ソウスケは、結婚を反対する父親から、娘を奪ったのだ。それ相応の報いは覚悟していたのだろうが――

「ねえ、ジャム。ニコに会える?」ヒナは泣きそうな顔でそう訊いた。そしてソファに顔を埋めると、とうとうしゃくり始めた。肩が大きく上下し、巻き毛が震える。

まったく。ヒナに泣かれるとひどく居心地が悪くなる。こんな現場をジャスティンに見られたらと思うと、気が気ではないのだ。ジャスティンの自分に対する信頼が、ヒナの涙ひとつで一瞬にして消え失せてしまうからだ。

「ジャスティンが戻ったら、ニコに会いに行こう」ヒナの涙を止めるもっとも効果的な言葉だった。案の定ヒナは真っ赤な目を期待に輝かせ「ジュス、帰ってくる?」と声を弾ませた。

つづく


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迷子のヒナ 67 [迷子のヒナ]

「いったい誰に会いに行くって?ヒナ、戻ったぞ」

絶妙のタイミングとでもいおうか、結局はヒナに手を焼くジェームズと、ジャスティンの帰宅を待つヒナの元に、この屋敷で一番の力を持つ男が現れた。

ジャスティンはほんの数十秒ほど前に屋敷に到着した。
完全に馬車が止まりきる前に飛び出して、邸内へ駆け込んだ。玄関脇の図書室のドアが開いていて、ヒナの啜り泣きとジェームズの溜息交じりの声が聞こえた。カッと頭に血がのぼるのが先か、気付けばヒナめがけて突進していた。

ジェームズは驚いた顔でさっと立ち上がった。おそらくジャスティンの尋常ではない殺気に気圧されたのだろう。

ヒナは幻でも見ているような顔でこちらを見ていたが、やがて駆け出し胸元に飛びついてきた。

ジャスティンはヒナを抱え上げるようにして抱きしめた。
会いたい、恋しいという気持ちは同じだったようで、ジャスティンは安堵のあまりジェームズの存在を一瞬忘れ――あえて無視して――ヒナにキスをした。びっくりさせないようにごくごく軽くだが。

「またジェームズに苛められたか?」

ヒナはなんて言おうか迷ったあげく、ううんと首を振った。

「あいつをかばう事なんかないぞ」

ジェームズに皮肉った笑みでも向けようとしたのだが、思いの外きつい顔で睨みつけてしまった。それもこれもジェームズがヒナに軽々しく触れていたからだ。自分がいなかった丸一日の間に、あいつが邪な想いを抱かなかったとは言い切れない。

「そうそう。僕は悪者さ。お帰りジャスティン――話があるから、ヒナはおろして、その辺の椅子にでも座ってくれるか?」ジェームズは軽く肩を竦め、近づいて来た。

「ヒナについてだな」とぼかすような言葉で応じたのは、ヒナ自身、自分が何者なのか把握しているのかどうかわからなかったから。

「ああ。とりあえず……ヒナは部屋へ行っていなさい。ジャスティンと話をするから」

さらりと言ったジェームズにヒナが猛反発する。

「やっ!ジャム、ジュス帰ったらニコに会いに行くって言った!」

「だから、その話をするから部屋へ行っていなさい」

「ちょっ、ちょっと待て。ジェームズ、ニコって誰だ?」話の流れについて行けないジャスティンが堪らず声をあげた。

「僕もここにいるっ!」とジャスティンの言葉を見事に無視するヒナ。

「だめだ!――ジャスティン。話がちょっと込み入っているんだ。だからとりあえずはヒナを部屋へ」
ジェームズがヒナの部屋のある階上へ目配せをする。わがまま坊やを部屋へ閉じ込めておけとでも言いたいのだろう。

「ヒナ。ジェームズと話が終わるまで、部屋へ行っていなさい」ジャスティンはそう言ってヒナをおろそうとした。

「やだっ!」
ヒナはジャスティンの腰に両足をしっかりと絡め、絶対に離すものかと抵抗する。

それはそれで嬉しいのだが……おそらくヒナには聞かせたくない話があるのだろう。ここはジェームズの言うとおりにすべきだと、ジャスティンは判断した。

「ジェームズ、しばらくここで待っていろ」

ジャスティンはヒナを抱えたまま、ジェームズに背を向けた。どうやらこの手で部屋まで連れて行くしかないようだ。

つづく


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迷子のヒナ 68 [迷子のヒナ]

ぜぇぇったい!離さないっ!!

ヒナは力の限りにしがみつき、ジャスティンの肩越しにジェームズの呆れたような諦め顔を見送った。

途中玄関広間で荷物を持ったウェインと出会い「ウェイン、おかえりなさい」と声をかけた。するとジャスティンは不満げに鼻を鳴らし、ヒナは自分のものだと主張するようにぎゅっとした。

ウェインは、誰も取りませんよと苦笑しながら「ただいま、ヒナ」と返し、広間からそそくさと姿を消した。用心に越したことはない。そんなところだろう。

「俺にはおかえりなさいは言ってくれないのか?」不貞腐れたような口調のジャスティン。従僕ごときに嫉妬しているとは気付いていないようだ。

もちろんヒナも気付かず――

「ジュス、さっきキスした」だから言えなかったんだもん。

挨拶のキスとも違う、といって、あの夜のとろけてしまいそうなキスではない、でも、とても特別なキスをされて、言葉が出なかったのは当然といえば当然だ。

まるで長い間離れ離れになっていた恋人と再会したような気分――とヒナがそこまで考えたかどうかは不明だが、身体はそう感じた。だから二度と離すものかと必死にしがみついているのだ。

「いけなかったか?」

いけない?とんでもないっ!いっぱいして欲しかった!

「だって……ジャムが見てた」

ジェームズの視線を気にしたことなど一切ないのに、そう言ってしまったのは、シモンの助言あれこれのせいだ。

『好きな人とのキスは誰にも見られてはいけないよ。二人きりになるまで我慢するように』

シモンとしては、あるじを好きなジェームズに何も見せつける事はない、という気持ちからだったのだが、ヒナは<眠っている間に置いて行かれない方法>のひとつだと思い込んでしまっていた。

「そうか?ジェームズは見ていなかったと思うがな。それにただいまのキスくらいいいだろう?」

「うん……そうかも。ヒナもおかえりのキスしていい?」ヒナは制約の多いシモンの助言を忘れることにした。

ジャスティンは絨毯敷きの階段をゆっくりとのぼりながら、思案顔だ。ヒナは不安になった。やっぱりシモンの言うとおりにしておけばよかった?

「さて――」ジャスティンがヒナの部屋のドアを蹴った。重いドアは半分ほど開き、ジャスティンはヒナの頭に手をやり、間をすり抜けた。

ベッドサイドまで行くと、ジャスティンはヒナをベッドに座らせるようにして腕の中から離した。

ヒナは部屋へひとり置き去りにされることへの恐怖に襲われた。ただジャムと話をする間、ここで待っているだけなのだと自分に言い聞かせても、恐くて仕方なかった。

つづく


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迷子のヒナ 69 [迷子のヒナ]

ヒナの抱き心地は最高だ。
だから図書室からヒナの部屋まで、その感触を味わうため、たっぷりと時間をかけた。おかげで無節操な――ヒナに対してだけ――下半身が解放を求めていきり立っている。ボタンがはじけ飛ぶ前に、ぜひとも解放してやりたいのだが、それは出来ない。残念なことだが、ヒナを無傷のまま元いた場所へ帰さなければならないから。

そう思っただけで、ジャスティンの胸は張り裂けそうになった。それは胸に手を突っ込まれ心臓を握り潰され、更にはえぐり出されたかのような苦痛に等しい。

いつかはその日が来ると思っていた。だからこそヒナに誘惑されても――本人は全く気付いていないが――気付かない振りをしてはねのけてきた。

そう、だからいまも、ヒナをはねのけなければならない。
こちらが手を離しても、上着に爪を立ててしがみついているヒナに襲いかからないうちに。

「ヒナ、いい加減手を離しなさい」やんわりと宥めるように言う。

「や、やだ――」

声を震わせ抵抗するヒナに、ジャスティンの決意はあっさりと揺らぐ。もともと砂の城のような、脆く崩れ去るような決意なのだから仕方がない。

だからこんなことを口にしてしまう。

「おかえりのキスしてくれるんだろう?」
くそっ。やめろ!そんなのされたら、このままベッドへ押し倒してしまうだろっ!

自分でも矛盾しているのは分かっている。
ヒナを遠ざける一方で、抱きしめキスをする。ヒナが混乱するのも当たり前だ。
もうそろそろ腹をくくるべきかもしれない。そのためにウェルマスまで行ったんだろう?
一〇以上も歳の離れた、無垢な子供を愛してしまったことを、アンソニーに許して欲しくて。そして、自分自身それを認めるために。

「いいの?しても」

おや、遠慮か?ヒナらしくない。さっきもジェームズに見られたからとぶつくさ言っていたが……もしかしてまたあの男が余計な事を言ったのか?

「そうだ。だから手を離して、膝においで」ああ……キスだけで終わればいいが。

つづく


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迷子のヒナ 70 [迷子のヒナ]

膝においで――

ジャスティンの口から飛び出た、まるで奇跡のような言葉に、ヒナはうっとりとした。

パッと手を離し、ジャスティンが隣に座る様子を目で追う。じっとしていられず、すぐさま膝に飛び乗り、ベッドへ押し倒した。

ジャスティンは笑った。
二日前にふたりで親密な行為をしたあとのような、とても楽しげで満足げな笑い声が部屋に響いた。

ヒナも笑った。ジャスティンが笑ったから。

「おかえり」ヒナは一言そう言って、ジャスティンにキスをした。
覚えたての技術を駆使して、ジャスティンを夢中にさせたい一心で必死に唇を吸い、歯を立て、舌でつついたりしながら、なんとかジャスティンの唇を開かせることに成功した。

そこから嵐のようなキスが始まった。もちろん嵐を起こしたのはジャスティンだったが、ヒナも負けてはいなかった。

わくわくドキドキが止まらない。おやつを残らず平らげる勢いで、ジャスティンを貪り尽くす。レモンジンジャーのようなピリリとした刺激と爽やかな味わい。甘さがちょっと足りないけれど、それがヒナよりも大人のジャスティンの味なのだ。

「ああ、ヒナ……」ジャスティンが呻いた。

ヒナは歓喜の悲鳴をあげそうになった。腰を揺らしジャスティンの硬く引き締まった腹部に、欲望の証しを擦り付ける。その動きに反応してジャスティンが高く腰を突き上げた。

次の瞬間には反転していて、ヒナはベッドに釘づけにされた。

ふたりは唇がくっついているのか離れているのか分からない状況で、しばし見つめ合った。
欲望に黒く染まった二組の双眼。こんなに真面目な場面でも、どこかユーモラスな雰囲気が漂う。ヒナとジャスティンは同時に口元を緩め、笑い声を漏らした。

「本当に悪い子だな、ヒナは」ジャスティンはとても誇らしげに言った。

「そうだよ。ヒナは悪い子」

ヒナはジャスティンにキス以上の何かを求めた。あの夜の親密な行為以上の何かを。ただそれが何なのか、自分でも分からないのが残念で仕方なかった。

つづく


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